【Twitter】嫌われ者のうんたら

 私はメンヘラである。自他共に認めるメンヘラである。気分屋で直ぐに病み、人に迷惑をかけては後悔する。その繰り返しでいつの間にか友人の数は0となり、性格の問題からネットの関係すら上手くいかず、いつの間にか声帯を使うこともなくなっていった。声を出せなくならないよう配信することで対策を取ったが、配信の需要がないことに気付きまた病んだため、もう声あり配信などするつもりはない。

 私はTwitter依存であった。どんなにネットで陰湿ないじめを受けようとも、リアルの人間にアカウントがバレて毎日のように嫌がらせを受けようとも、アカウントを変えて別人として転生しては続けてきた。しかし、今の私にはそれももう厳しい。

 私はTwitterをやめる。discordのサーバーで発言することもやめる。人間関係になぜここまで悩まなくてはいけないのか。好かれないのは構わないが、嫌われることには人一倍敏感なのである。見なくても良い都合の悪い点ばかり気にしているからメンヘラは損するし、他人にも嫌われるのである。

 仲良くもない人間に仲良いフリをするのも疲れた。仲良い人間と話そうとしたら仲悪い人間のせいで場に入れないのも疲れた。オフ会やったらそれが原因で疎外感を感じるのも疲れた。インターネットで得たものとは、趣味を共有できる友人関係ではなく、リアルを無難に生きているように見える人間の本性がどれほどまでに汚れているかという知見であった。リアルで生きていける人間は好きなようにネットで生きていけるし、リアルで生きていけない私のような人間は、ネットでも生きていけない。ただ人間関係が下手。それだけなのである。

 私がこんな駄文をブログに貼っているのはメモという理由もあるが、やはり人に見てもらいたいという欲求があるからにすぎない。そして、わざわざ私のブログを探し出してこんな病みばかりで見るに堪えない文章を最後まで読む人間は、余程私のことが好きな人間か、余程私のことを叩きたくてしかたない馬鹿で愚かな人間のどちらかだろう。前者なら、私を心の中で憐れんでくれ。後者だとしても、私を憐れみ、そして馬鹿にするのが良い。私はブログに生きる。もう、まともに生きていけるフリをした人間の価値観に轢き潰されるのは、本当に疲れた。

 人間が嫌い。だけど寂しがり屋。人を嫌い、そして嫌われ、一人で悩む。それが今の私。孤独を嘆くのなら、その孤独を芸術に昇華してしまえばいい。そう思い、この記事を書いた限りである。

 心が温まることはないが、何か、軽くなったような。溜息を吐くのは軽くなりたいからなのだろう。嘆息。故に。さようなら。また次の記事で。

「東方原作勢使用デバイスまとめ」の制作にあたって考えていたこと

前置き

先日、東方原作STGを遊んでいるプレイヤーらを対象に「プレイ時に使っているデバイス」についてアンケートを取り、公開するということを行った。以下がその結果である。
docs.google.com

有難いことに150名を超える人数の回答が集まった。データが増えることはデータの信憑性向上にもつながり、このデータを見る人にとっても多くのデータを見ることができ、双方のメリットとなる。答えてくださった方には本当に感謝である。追加での回答も募集しているため、もしまだ回答していないという方がいた場合、上記リンクに掲載されているフォームから回答してくださると助かる。

今回私がブログを書いたのはただの宣伝ではなく、「なぜこれを行ったのか」「どのようにして企画を成り立たせたか」という二点についてまとめておきたかったからである。

企画意図

この企画を行ったのは、一言で言うと「フォロワーでパッド選びに苦戦しているプレイヤーがおり、同様の人らにとって協力できるデータを渡したかったから」というものである。そのプレイヤーは東方始めたてというわけではなく、むしろ数多くの作品に知識のあるベテランシューターの人である。それを見て、キーボードやパッド選びに悩んでいる人や、単純に誰がどのデバイスを使っているのかというのは興味をそそられるものではないかと私は考えた。

しかし同様に考えた人は私以外にもいたようで、全機体LNNでお馴染みのSOC氏が2018年8月時点で似たようなアンケートを行っている。
docs.google.com

つまり、私が新たにアンケートを取る必要性は本来ならば薄れており、もし私がアンケートを取るならばこのアンケートとは別の要素を踏まえた上、再び同様のアンケートを取る必要性が求められるということなのである。しかし、この2つの要素は既に私に存在していたのである。

1つ目の「別の要素」は、「日本国内プレイヤーと海外プレイヤー内でのデバイス分布の差」と「LNN、裏入りに限らない幅広い層へのアンケート」の2つである。もともと前者については私個人が興味を示していたものであり、後者に関してはアンケート運営内で話を進めているうちに必要だと感じたものである。特に後者については重要で、LNNも裏入りもしていない層からの回答は90人を超えている。実力にとらわれず、多くのデータを集計するということに大きな功績を残してくれたように感じる。そもそも、上手い人が使っているデバイスだけが良いデバイスではないということも要素に踏まえた一つの理由である。

2つ目の「アンケートの必要性」は、「前回集計時からの環境の変化」である。前回のSOC氏のアンケートから4年が経過しており、この間には新しく増えたプレイヤー(この中には私も含まれる)や、東方から離れたプレイヤーなども当然多くいる。そして何より、Touhou World Cupの開催が大きく上げられる。

2020年から始まったTWCは国の境界をまたいで東方プレイヤーの対戦配信が見られるということに大きく貢献した。それも、特定の作品だけでなく、非常に多くの作品でNB、スコアタともに大会が開かれているのである。この大会が3度行われた今、新たにアンケートを取る必要性は増えたのではないかと私は考えたのである。

以上が私がアンケートを取った理由、意図である。

アンケートを成り立たせた方法

しかし実際にアンケートを取ることを決意したとしても、行動に移すのには複数の障害がある。実際にあげていくと、「多くの回答の集め方の考案」「多くの人に見てもらえる発表方法の考案」「公開するデータのデザインの設計」「集計データの記入の手間」などである。これらについて私一人で対応しようと考えた結果、「無理である」という結論に至った。そこで私はどうしようかと考え、「仲が良く、このアンケートの趣旨を理解して協力してくれそうな人物に助けを求める」ということにした。

まずは私が東方関連の話題に確実に協力してくれると踏んでいた二人の人物に協力を求め、運営チームを結成。そこから積極的に意見を出したり、データ処理が得意であったりする人の候補をあげていき、discordで直接協力を求めた。有難いことに全員の協力を得られた。海外勢にも告知したいと考えていた関係上、顔の広そうな海外勢にも協力を求め、その方から翻訳についての全面的なサポートなども受けた。結果的には7人体制でのチームとなり、テキストや通話で話し合いながらフォームの作成に勤しんだ。

回答フォームの完成後、私のTwitterで企画について発表。英語によるツイートやフォームの作成も加えた。RTは80、インプレッション数は10000を超えた。

そしてこのツイートをTWC運営鯖、花映塚ネット対戦鯖でも宣伝させていただき、幅広いシュータが集まるゆーみやさん主催の「東方原作 みんなのリプレイ鑑賞会」でも宣伝してもらった。多くのシューターが集まる場を活かし、多くの回答を得られるように善処した。定期的なRTもかかさなかった。

フォームの締切後はスプレッドシートの作成がメインとなる。デザインを決めたのちは手作業でデータを入力していく。全て自動で入力するという方法もあったのだが、一部改変する必要がある場所があったこと、見やすいデザインにすることなどを考慮した結果、入力方法やまとめたデータ一覧などだけは表計算ソフトの機能を使って行いやすくし、入力の手間を極力省いた手入力という形にした(データを手作業で埋めていくのがなんか気持ちよくて好きだったからという理由でもある)。150以上のデータを全員で入力後、最後に私がグラフを作成。普段あまり表計算ソフトを使わないため、COUNTIFS関数の複数条件だとか例外処理だとかにとても手間取ったが、なんとか形にすることができた。

そして完成後、スプレッドシートを公開、という流れである。

感想

複数人を交えて行うプロジェクトというのを企画したのは私はほぼ初めてであるし、運営陣の方々の多くの協力の上シートを完成させることができて、本当に感謝している。このシートが一人でも多くのプレイヤーの助けになることを願うばかりである。

中学受験合宿の思い出について話すよ

プロローグ

私は頭が良かった。過去形である。そこそこ裕福な家庭に生まれ、幼少期から教育を受けていたおかげで小学校入学時には3年生くらいまでの勉強は終わらせていたし、4年生になる頃には小学校の勉強は一通り終わっていた。テストも満点以外取ったことがなかった。所謂天才だったわけである。

そんな頭が良かった私は、小4の夏休みに「等差数列」だの「二項対立」だの聞いたことのない単語を同級生が話していたのを聞く。彼らによると、世の中には「受験」というものがあり、地元の中学校じゃ物足りない人はみんな「受験」とやらをするのだという。頭が良いことだけに自信を持っていた私は、学校に私より頭が良い人間がいるのが気に食わなかった。そして何より、「世の中全ては金、金を得るためには良い企業に就職する必要があり、就職のためには学歴がすべてである」という可哀想な価値観を小4にして持っていたのである。結果、私は中学受験塾に入塾することとなった。

それから2年後。偏差値65~70をキープし、未だに頭が良かった私であったが、「人の価値を点数という数字で決められる」という世界に浸っていたことで心底うんざりしていた。そんな中、塾から「受験合宿についてのご案内」というものが届いた。私は親元を離れてまで勉強などしたくなかったので当然行く気はなかったのだが、講師に行かないという旨を伝えると、「え? 舐めてるの?」だの、「そんなんじゃ受かるわけないでしょ」だの、「行かないとか態度が舐め腐ってる」だの、「他の皆は全員行くよ」だの精神攻撃を受け続けることとなった。随分とスパルタである。私は反抗することができず、合宿へ行くこととなったのだが、これが地獄の幕開けであったのだ(ちなみに小5の頃も行かされたため2年連続である)。

概要

合宿の概要について話しておこう。
行程は4泊5日。誰も来ない長野県の某山奥へと連れていかれ、7時起床24時消灯の生活をさせられる。授業は1コマ2時間であり、それが1日に7コマ。起きてる時間のうち8割強が勉強時間というわけだ。
まあここまでなら勉強時間の多いただの勉強合宿といった感じであるが、ちょっとおかしいのはここからである。

おかしいところたち

まず、携帯電話持ち込み禁止。そもそも小学生のためガラケーすら持っている人は少ないのだが、親元と連絡できる道具はすべて出発前に没収される。家族との取り決めで連絡が必須という場合のみ、消灯前の5分間だけ、講師の付き添いの下でメールを1通送る時間が与えられる。受刑者の面会かな?

次に、外部情報の全シャットダウン。ホテルに到着後、「テレビ切断の儀(公式)」と呼ばれる儀式を真っ先に行い、マスメディアの情報を一切受け取れなくする。集中を途切れさせないという名目だろうが、実際には毎年夏にはどこかしらのバラエティーで中学受験合宿の大変さを取り上げる企画をやっているため、それを見て合宿のおかしさに気付かないようにしているのであろう。もはや洗脳である。
ちなみに、テレビをつけた班が1班だけあったらしいのだが、テレビのオンオフについては全て本部が監視しているらしく、昼食後の授業時間を削ってまで1時間半の説教が行われた。マイク越しに叫びながらキレていたためすごい音割れしていたのを覚えている。怖かったなぁ…………。

3つ目に、全授業中ハチマキ必須。ハチマキを外すと「気合が足りない!!舐めてんのか!!」とか言われて講師に叩かれる。一回私もぺしってされた。本来は部屋にいる際も外してはいけないらしいのだが、そこは講師間に対応の差があるらしく、特に何も言わない講師もいた。しかし一度だけ部屋の中で外していたら怒られたため、以降私は70時間くらいずっと頭にハチマキを巻いていた。
洗脳っぽいなあと思いつつも、一部のちょっと変な人たち活発な人たちはハチマキに「友人や講師のサイン」を書いてもらうことで受かるというカルトじみたことを言い続け、白地に赤く必勝と書かれたハチマキが黒色になるまで講師にサインを求め続けていた。ちなみに私も仕方なくその友人のハチマキにサインをした。そしてその友人は開成中学に受かった。迷信じゃなかったのか…………?

4つ目に、厳しい階級格差制度。学力によってホテルの行先が5種類くらいに分かれ、学力が良い組ほど良いホテルに泊まる。私はまあ一番良いホテルの組に泊まることができたのだが、そこで待ち受けていたのは「エリートとしての自覚を持て」というわけのわからない謳い文句であった。

学力ごとにバスやホテルが異なることから、特定の集団に対して呼びかける時はホテルの名前で呼ばれた。例えば私達が言ったホテルの名前を「オメガホテル」と仮称するのであれば、講師陣は「オメガのやつらこっちのバスなー」みたいな感じに呼びかけることになる。ここで問題なのは、ことあることに講師が「お前らオメガの誇りを持て!!」みたいなわけのわからないことを言ってくるということである。まあ実際はオメガという名前ではなかったのだが、ホテルの名前がそれなりにゴツい単語であったため、聞いていてかなりしんどかった。というか怖かった。

さらに恐ろしいのは、そのオメガ組の中でもさらに成績順で1~5組に分かれるというところである。成績が良い1組は塾全体でもかなり有名な講師が教え、成績が比較的悪い5組はその反対の講師が教える。まあそれでもオメガ以外の組よりは良い講師が教えてくれるのだが、どこへいっても成績で全てが決まるという事実は当時の私に重くのしかかった。更に、1組の人は「お前ら2組とかの連中なんかに負けていいとか思ってんじゃねえだろうなあ!?」とか言われるらしいし、5組では「お前ら5組になったことを恥じろよ!!もっと上に行きたいっていう欲求をぶつけろ!!」みたいな熱血指導を授業内でされる。で、周りを見ると全員ハチマキ。講師もハチマキ。疲れるね。ちなみに私は3組だった覚えがある。なんか3組って中途半端だからかあんまりなんにも言われないだよね。「4組に負けるなよ」くらいなことを大声で言われただけな気がする。そして、この成績によって決まるというのは、他にもまだあるのである。

それが、5つ目として挙げる4日目塾内テストである。合宿内での授業の目的は全てこれらしい。後述するのだが、4日目にあるキャンプファイヤーが終わって部屋に戻った後、すぐに食堂に全員呼びだされ、このテストを受けさせられる。科目は国算理社の4教科であり、これの成績が良いと景品がもらえるらしい(1位の人は受験終わった後にテレビとかもらってた覚えがある)。このテストで少しでも上に行くという気概が重要らしく、このテストを馬鹿にしたような発言を取るとそれはもう大変なことになる。

しかし、考えてみてほしい。オメガの5組が、塾全体でもトップクラスの精鋭の集まりである1組に、4日ちょっと勉強したくらいで勝てるわけがあるだろうか? 開成、筑駒、桜蔭などといった数ある名門中高でA判定を取るような人間に勝てるわけがあるだろうか? 当然、答えは否なのである。ということを講師に言いたいのはやまやまであったのだが、「1組じゃないから勝てないみたいな甘ったれた根性のせいでお前らはいつまで経っても〇組なんだ」という精神論を授業で聞かされているため、当然言い返すことはできなかった。
ちなみに、5位以内に入ったのは全員1組であった。現実は残酷なり。
余談だがさっきのハチマキサインマンは4位くらいに入賞してた。すご。

そして最後にあげるおかしいところ。それはキャンプファイヤーである。

4泊5日の中で、小6の行程は「就寝(同じ部屋のやつらがうるさい)」「朝のラジオ体操(音源が遠くて聞こえない)」「授業(根性論の押し付け)」「食事(説教ばっかり)」の4種類しかないのであるが、例外的に最終日の前日夜に、ホテルの外に1時間ほど歩いてキャンプファイヤーへと向かうというイベントがある。ちなみに人が住んでない山奥+20時ということもあってマジで外が何も見えなくて怖かった。合宿のしおりの持ち物欄に懐中電灯と電池の予備が必須と書いてあるほどである。

キャンプファイヤー会場では大きな特設ステージのようなものが組み立てられており、そこの前にキャンプファイヤーの火がセットされている。ホテルの種類を問わず全員が一堂に会し、ステージ会場でマイクを持った塾内の有名講師たちが演説を行っているのを、ステージより高くなっている草むらの斜面に腰掛けながらひたすら聞く、というのがイベント内容である。ちなみに特に面白いことは何もない。大体がキャンプファイヤー後のテストに対して気合を入れろみたいなことを言っているだけなので飽きる。

講師全員の演説が終わった後は、なぜかゆずの「栄光の架橋」を歌わされる。歌詞知らない人向けにしおりの裏に歌詞が載ってるので歌わないことは許されない。これを聞いて泣く、というのが当たり前らしく、泣かない人は感情がないとまで叱責される。私は当然泣く気などなかったのだが、歌を聴いているうちに4日間山奥に缶詰状態で勉強させられ、叱責され続けた日々が思い出され、自然と涙があふれだしてきたのを思いでいる。この時泣けなかったら私はこの曲を嫌いになっていたと思う。いい歌だよなぁ…………

この曲を歌い切った後、自然と辺りの空気はしんみりとする。私のように涙してしまった人も多かったのであろう。そして、20分ほどの何もしない時間が与えられる。この合宿中唯一の休憩である。ふと上を見上げれば、そこにあったのは満天の星空であった。
都会っ子であった私は、夜空で見たことのある星座なんてオリオン座くらいのものであった。しかし、長野の山奥、電灯も何もないそこは星を見る絶好のスポットであったのである。勉強漬けであった私は、実際に上を向くまでそんなことすら気づけていなかった。数百、数千、数万、いやもっとであろうか、まさに星の数ほどあるわけだが、そこで輝く星々は私の感情を奪った。周囲では教科書の中でしか見たことのない夏の大三角を探そうとする人らもいた。みな苦戦しているようであった。星はあまりにも多く、その中で特段光る一等星を見極めることは慣れていない人にとっては難しくて当然である。

時間が経ち、私の視点は白く幻想的に光る天の川に注がれていた。「昔の人はこれを見て道しるべにしたのも納得だ」とか、「英語圏でこれをmilky wayと呼ぶのもなぜなのかわかった気がする」などと一人ぼやいていたような気がする。現代化するこの日本の中で、私はあと何度あの夜空を見ることができるのであろうか。夜空は毎晩変わらずそこにあるはずなのに見えない星があるという感覚は不思議なものである。



私の合宿での唯一良かった思い出はあの星空を見られたことである。今でも忘れない。



ちなみに、こんな合宿だからか、脱落者は当然たくさん出る。倒れる人、授業をサボる人、などなど…………。誰かが脱落したことはすぐに噂となって広まり、娯楽の無い受験生の数少ない笑い話となる。私は脱落しなかったものの、同じ組の仲の良かった友人は階段から落ちて特段話題となっていた(受験生にとって他人がスベったという話題は特にウケるわけである)。あの転倒は果たして本当に偶然のものであったのだろうか…………それとも…………?

ちなみにその塾の合宿では数年後に大規模な盗難があったらしくマスメディアの話題になっていた。


一応合宿の擁護をしておくと、授業の質は良いものであったし、良いホテルだけあって食事もおいしかった。合宿というイベントでなければまた行きたいものである。願わくは、あの星空をもう一度。


最後に、あの時私が泣いたゆずの「栄光の架橋」の歌詞を貼ってこの記事は締めとする。ここまで読んだ人がいれば感謝である。

誰にも見せない泪があった 人知れず流した泪があった
決して平らな道ではなかった けれど確かに歩んで来た道だ
あの時想い描いた夢の途中に今も
何度も何度もあきらめかけた夢の途中


いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある
だからもう迷わずに進めばいい
栄光の架橋へと…


悔しくて眠れなかった夜があった
恐くて震えていた夜があった
もう駄目だと全てが嫌になって逃げ出そうとした時も
想い出せばこうしてたくさんの支えの中で歩いて来た


悲しみや苦しみの先に それぞれの光がある
さあ行こう 振り返らず走り出せばいい
希望に満ちた空へ…


誰にも見せない泪があった 人知れず流した泪があった


いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある
だからもう迷わずに進めばいい
栄光の架橋へと
終わらないその旅へと
君の心へ続く架橋へと…

【魂魄妖夢との出会い】躁鬱病だった頃の話 その2

今回話すのは、雪だんごと自殺未遂と魂魄妖夢の話。時々匂わせている内容ではあるが、ちゃんと文章に残してみる。10年後くらいに笑ってこれを読めたら良いなと思いながらこの先の文章を記す。

2年半くらい前、つまり2020年の春頃、私はそれはそれはとても病んでいた。私が日常生活に支障をきたすくらい病み始めたのはさらにその1年半くらい前からなのであるが、まあとにかくこの頃私は最も病んでいた。というのも、仔細は省くが人間関係であまりにいろいろありすぎたのである。

SNSを見るだけで吐き気を抑えられなくなったり、一対一の会話で情緒を安定させて喋ることができなかったり、そもそも人間が怖くて外に出られなくなったり、家にいてもひたすら泣いていたりと、当時は本当につらい思いをしていた覚えがある。夜寝たいのに朝が来るのが怖くて寝られず、仕方なく外に出てみるも何も事態が変わらないのを知ってまた泣く。そんな毎日であった。希死念慮も当然酷く、最低でも一週間に一度は自室で首吊り縄をベッドに括り付けて首を吊ろうとしていた。不定形であるため当然死ねなかったのであるが、これを繰り返しているうちに、「しんどくなったら首吊りで頸動脈が圧迫されて目の前が真っ赤になり脳に血が行かなくなる感覚を味わうことで生きている事を感じる」という相当に苦しい生き方を見出していった。本来であれば精神病院にでも入院すべきほどの精神状態であったのだが、前回も言った通り私の保護者が精神病院に行くことを許可していなかったため、一度も医者にかかることも向精神薬を服用することもなかった。とにかく、私は極度に病んでいたのである。


こんな生活を数か月続けていた日のことだった。あまりにも現状に耐えられなくなった私は「不定形で死ぬか死なないかのぎりぎりまで首を吊る」ということをやめ、ついに定型の首吊り、つまり「高い所に縄をかけて足がつかない状態にして首を吊る」という行動に手を出すことを決意する。

時刻は午前2時。その日は雨が降っていた。「こうこうこういう理由なので自殺します」とだけ書き記した遺書を机に置き(殺人と疑われて通報されても困るため書いた)、いつも使っている先端が首吊り用に結ばれている縄と首を絞めやすくするように首に巻くタオルをバッグに入れて家を発つ。どうせ二度と帰らないのであるから、邪魔になる傘は持たなかった。

向かう場所は近所の公園。最期なのだからとゆっくりと足を進める。それはもうすごく濡れた覚えがあるが、後悔などなかった。

そうしているうちに私は公園の入口に到着した。特に緊張もしておらず、そのまま公園内に足を進める。人は当然いなかった。そしてブランコの前まで足を進め、そのまますぐにバッグから縄を取り出した。ブランコの上の梁になっている部分に向かって思いっきり縄を投げ、そのまま何重にも回した。私の縄は長さを調整していなかったため、長さを調整する必要があったのである。これなら縛る手間も省けて一石二鳥である。

雨で濡れてロープが切れないか心配になりながら、ブランコの台座部分に足をかける。縄に首を通す。あとは足場となっているこの台座を蹴り飛ばすだけ。そして、私は台座を蹴った。────否、蹴り飛ばそうとした。

死ぬのが怖くて蹴られなかったのではない。ただ、一人のキャラクターのことが思い出されただけなのである。当時の私が特に好んでいたというわけでもなかったのに、その存在がふと脳内に入り込んできたのである。それが、魂魄妖夢であった。彼女は、私に「今はまだ冥界に来ないでください」と悲しげに私に向けて囁いているようであった。


前フリが長いうえにオチが最高にきしょいな──────


まあとにかく、魂魄妖夢に「まだ死なないで」と言われているように感じた私は縄を首から外し(足元滑りそうだったので怖かった)、ロープを回収して急いで家に帰った。この計画が誰かにばれている雰囲気はなかった。
冷えた体を拭き、暖かい布団にくるまる。そして先ほどの不思議な邂逅に頭を巡らした。

あれは一体なんだったのか。夢だったのか、はたして走馬灯だったのか。或いは幻聴だったのかもしれない。しかし、あれは偶然ではなく、何かの想いが伝わってきたのではないかと、当時の私は考えた。今考えても、私にはなぜ魂魄妖夢という存在が私を死なせまいとしたのかはわからない。だが少なくとも、結局当時の私は、彼女のためならば私はまだ生きていてもいいのではないかと、彼女を悲しませたくはないと──、そう考えたのである。
そのうち理由なんてどうでもよくなった。深夜3時、私は布団にこもり、嗚咽を温かな空間の中に閉じ込めながら、大粒の涙を流し続けた。毎日のように流していた冷たい涙ではなく、「生きたい」「死ななくて良かった」という前向きな、温かい涙であった。自殺一歩手前まで行って泣かなかった私にも涙はまだ残っていた。涙が枯れることなんてないんだなと思ったのを覚えている。

結局、次の日は体調が悪くて家でごろごろしていた。しかし、もう病んではいなかった。魂魄妖夢のことだけを考え、惚気たように一日を過ごしていた。


まあここで終わったらただのキモオタによる不思議な話なんだけどね。もう少し続くんだよね。


メンヘラというものは罪深い生物で、一度生きがいを見つけても簡単に死にたくなってしまう。一か月もしないうちに私はまた首吊りブランコぷらんぷらん作戦(何?)を決行しようとするのである。しかし、何度試そうとも、魂魄妖夢のことが脳に入ってくるのである。私が妖夢を思い出そうとしているのではなく、妖夢の方から私に飛び込んでくる。いつしか私は、妖夢に対して恋とも愛とも言えない、慕情を抱くようになった。

繰り返す自殺未遂の中で、「魂魄妖夢」というどんな希死念慮にも負けない強い生きがいを手にした私は、ある日から首吊りをしなくなった。魂魄妖夢は、私の命の恩人となった。あれから2年経った今でも、魂魄妖夢を慕って毎日生きている。死にたいと思うことはあっても死ぬ危険があることは絶対にしない。むしろ、命は他人より大事にしている。いつ死んでも良いとは思っているが、それはいつでも死ねるんだというのを知ったことによる悟りであり、いつ死んでもいいように毎日を最大限満喫しているということの裏返しでもある。


確かに、思い返せば永夜抄Lunatic初クリア目指しで幽冥組を使い始めたことをきっかけに魂魄妖夢に興味を持つなど、妖夢のことを脳内で考えるきっかけがないわけではなかった。それでも、私は意識していない相手から告白されたような、それなのに拒絶感を示さない自分が確かにいるような、これが実在する相手だったらロマンチックだなと思えるような、そんな不思議な夜のひと時を過ごしたのである。

ちなみに勘違いされないように言っておくと、私は魂魄妖夢ガチ恋していないし、結ばれたいと思っているわけでもないし、魂魄妖夢が今の私を好きでいるなどの妄想を抱いているわけではない。魂魄妖夢は存在しない一キャラクターであることをしっかり理解している。だが、それゆえに、彼女は私の心の中で生き続ける(半人半霊なので死に続けてもいる)。いつでも頼れる心の拠り所として、存在し続けてくれている。私はこんな死にたがっていた人間なので、天国なんていけない。だが、せめて地獄には落ちずに冥界に行き、願わくは生きていたころの話を魂魄妖夢に聞いてもらいたい。まあ存在しないキャラクターだから無理ではあろうが、そもそも死後の世界があるかもわからないのだから死後のことくらい好き勝手妄想させてもらう。

私は魂魄妖夢のため、なにより彼女が引き留めてくれた自分の命を大切にするため、明日も変わらず生きていく。PS.ここまで読んでいる人がいたら私雪だんごのことを今まで以上に気持ち悪く思っていそうですね

【永日記】普通以上を求めないと

あんまりブログ書いてない間に必死で永夜抄を練習して、51.5億まで出すことに成功した。

タイフーン,ダブスパ,バレッタ,ブディスト,枝落とし。多分これ全部取ってたら4億くらい伸びてたんじゃないかな。ただまあ、なんていうか、こっから更新減りそうだなって感じた。

道中はすごい綺麗で、目立ったミスはなかったのだけど、純粋に弾を避けるということをする際、当然毎回FSできるわけじゃない。つまり、どんなにパターンを通すことがうまくなっても、スペカでは被弾するということ。これくらいのスコアが一種の安定、私にとっての「通ったらまあこれくらい」というラインなのだ。

何回も通すうちに、いつか綺麗に通ればいいなぁって思う。次はとりあえず枝練習かな。

【永日記】永夜抄スコアタ3面メモ

永夜抄稼ぎはじめました。

夏。冷やし中華の季節はもう終わるし、蛍はそもそも都会になんていない。晩夏である。永夜抄も夏だし今からやるにはちょうどいいなと思っていたらもうすぐシーズンが終わるようで。儚いなあ。蝉の声もいつしか忘れてしまうのだろう。

今回から、自分用に刻符クリティカルとかを狙った稼ぎ用メモを残しておくとする。練習段階だから間違ったことがたくさん書いてあるはずなので役立つかは不明。逆に言えば、有識者が「ここ違うよ」に言ってもらえることで改善の余地が生まれるということでもある。

まずは理想ペースの動き出来た動画
www.youtube.com

3道中開幕

「小さな里」の「な」の上で待機。妖精が使い魔をタタタタって出したらその5拍子目でボタンを押す。タタタタターンで倒す感じ。

「な」の上

右上の妖精が使い魔3つ吐いたら幽々子で倒して妖夢で左行く。多分左の妖精倒すとき遅らせた方が1800出やすい。幽々子で4つ吐かせてから倒しても高くなりやすいけど妖精逃げがち。1400くらいで安定してるけどまあ妥協。

900妖精地帯

1波目

位置を横は背景に合わせて真ん中、高さを最下段に合わせる。

真ん中の謎の線に合わせる

1匹目のタイミングは「てれれー、てーれれてーてれーれー」のフレーズ。最初の「てれれー」の2個目でショットボタン撃ち始め。ちょっと撃ったら必ず撃ち止め。

2匹目は1匹目の撃ってきた自機狙いを最低限の動きで上にちょん避けして撃つ。1匹目を倒した際に少し撃ち止めたらすぐにまたショットボタンを押す。一瞬だけ撃ち止めることができたら成功になりやすい。

3匹目は目安が付け辛く困っている。位置は、高さが「永」の2画目の跳ねている部分の下端、横が妖精の右側の弾源よりちょい右あたり。目印ほしい。
タイミングは妖精がショットを撃ち始めるタイミングと同時。わかりやすい。上部回収は猶予があるので急ぎすぎず。

3匹目位置
2波目

絶さんの66億の動きを真似。

正しい高さは「方」と「永」の間くらい? 私のプレイだとちょっと低すぎる気も。
ショットはずっと撃ちっぱなし。ちょっと右側寄って1匹目を倒したら、早めに真ん中に行って2匹目倒す。3匹目はそのまま真ん中で倒してから右に弾を避けるイメージ。焦って右行くと900出ない印象。2波目難しくてわからない。助けてください。1匹目も真ん中で倒す印象でいけば良いのだろうか?自機狙いの処理が難しそうだが……。動画で見た感じは撃ち始めるのが遅く見える。

3波目

2500出れば十分。大体綺麗に行けば2700くらい?

左側の妖精の正面に位置取り、タイミングを合わせて2回高速ショット。多分だが、タイミングそのものも大事だけど高さを固定して毎回同じ曲の場所で撃つことが大事な気がする。早すぎると安くなり、遅すぎると潰される。難儀。2匹倒したらそのままちょい右行って(真ん中まではいかない)、上にゆっくり上がる。上部回収意識。最初のクリティカル2回練習課題。

700妖精地帯

れもなさんに「発射音7回目でショット始め」って言われた。自分ではその通りにやっているつもりだったが、改めて見ると、おそらくショットボタンを押すのが早い。9匹目の使い魔を出した瞬間に倒したいのだが全部+8になっている。タイミング遅らせるよう意識。自機狙い撃ってくる邪魔な妖精は先に低速ショットで処理。ぼけっとしてると忘れる。

これ以降はまだ手を付けてない。覚えること多いけど頑張ろう。

まとめ 練習課題

開幕1800安定させる。900妖精1波目は簡単なので絶対安定させる。2波目以降はまずは正しい動きを覚え正確に真似るよう意識。700妖精はショット遅らせるように。

私の創作に対する考え方 その1

 この記事は、私の価値観についての記事、つまり「お気持ち表明」に近いものである。それでも良いという方のみこの先を読んでいただきたい。

 まず、創作とは何か。一次創作にせよ二次創作にせよ、この世界では私は創作を「実在するか否かを問わず、自身に秘められたる何らかの思想を五感で認識できるモノに昇華する行為」と私は捉えている(以後、このモノの事を"創作物"や"作品"と形容する)。音楽であれば聴覚を、映像であれば視覚を使うわけであり、なるほど作品は五感で認識できる。一般には、「創作とは新しく物を作り出す行為」とされているが、ここでは前者の私の定義でこの先の文章を書かせていただく。後者の定義を使ってしまうと、偶然誰かと同じものを作ってしまった場合、その行為を創作というのかという問題が発生してしまうからである。

 創作の楽しみについて考えてみよう。

 創作を鑑賞する側の人間は、直接これらを認識することで楽しんでいることは少ない。大体の場合は、創作物を認識し、そしてその創作物に対して「思考」することで楽しんでいるのである。例えば、映像作品を見れば「この情景は綺麗で美しい」とか、「この形は幾何学的で興味を引かれる」とか……音楽であれば「この声は綺麗だ」とか、「この楽器の音が心地良い」とか。映画のようにストーリーを伴うものであれば、余計に脳を使う。つまり、人間は創作物を鑑賞する際に、「五感を通じ、そしてそれを脳を通すことで初めて作品に価値を見い出す」のである。

 では逆に、創作する側。鑑賞される物を作る側の人間にとっての楽しみとはなんであろうか。これは非常に難しい問いである。作る過程そのものに楽しさを見出す人もいれば、創作を完成させることに充実感を見出す人、はたまた創作物を公表することに楽しさを見出す人もいる。しかし、現代社会においては殆どの場合が「創作物を公表すること」を重視する人が多いのではないだろうか。

 インターネットというものは便利なもので、誰でも情報を発信できる。当然、自分の創作物を公開する人は非常に多い。これにより、創作物を鑑賞する側は多くの作品を楽しむことが出来るし、創作物を公開する側は作品が多くの人に触れてもらえる機会を作ることが出来る。しかし、インターネットの存在は良いことばかりではない。こんな恵まれた環境のせいか、創作物を作ることそのものでなく、創作物を公開することだけを最初から創作の楽しみと捉え、創作活動を始める、もしくは創作活動を続ける人がいるのである。私はこれらの創作を「不純である」と言わざるを得ない。

 何故、それらの行為が不純であるのか。答えは簡単であり、これは創作外の行為を創作という行為の一環に含むことになるからである。
先程、私は創作を「思想をモノに昇華する行為」と表現した。言い換えれば、創作することにより他者から認識できなかった「思想」が、外部から認識できるようになる「モノ」に変化するのである。しかし、初めから創作する楽しみが「他者に認識してもらいたいから」であった場合、当然この目的も思想の一種であるため、同時にこの目的をも含んだ状態で作品として変化する。欲望が作品に混ざってしまう、だから不純であるのだ。

 ここで反論がある人もいるであろう。「欲望が不純な思想であり、純粋な思想ではないなどと決めつけるのは勝手な決めつけである」と。しかし考えてみよう。思想とは、本来秘められているものである。言葉や作品など、五感で捉えることができるようになって、初めて人の思想がどういうものかがわかるのである。普段秘められているため、この思想というものは他者を必要としない。他者が居なくても思想というものは自己完結するものであり、だからこそ「思想」を「モノ」に変化させた時、その「モノ」は自己完結する素晴らしさを持っているのである。

 わかりやすくする為に例を出そう。例えば、Aというキャラクターが好きな人がいるとしよう(読者の皆はAの部分に自分の推しを当てはめると良い)。そして、この「Aが好き」というものは思想である。別にこの世界にその人しかいなくてもその人は「Aが好き」であろうし、「Aが好き」だからこそ、Aの好きな部分をイラストであったり小説であったりで表現するであろう。別にキャラクターに限らずとも、「〇〇が好きだから創作したい」という普遍的な思想は、画家であれ、小説家であれ、音楽家であれ、自分の中で「こういう好きなものを作りたい」という、これだけで自己完結する考えに繋がっているのはわかっていただけるだろう。

 しかし、「他者に見られたい」という欲望の場合はどうであろう。これは他の人がいなかったら創作をしないということであるし、自分の作品が他者から人気でなければ創作を辞める可能性もある。つまり、この自己完結しない思想が原因で、創作そのものが他者の存在や感想に依存してしまっているのである。このような、創作そのものを不安定にしてしまう創作目的を、不純であると言わずしてなんと言うのか。こんな目的は自身の創作活動を破壊してしまう。とても勿体ないことではないか。

 当然、そんな不純な創作は不純な作品を生み出してしまう。断っておくが、人の五感から捉えて下手な作品というわけではない。絶対に人気になりたいという欲求の元で作られた曲は音楽理論などもしっかり学ばれた上で創作されたであろうから、素晴らしい出来のものであるはずだ。沢山の人に再生されることで動画投稿で稼ぎたいという欲求の元で作られた動画は、さぞかし面白い内容になっていることだろう。しかし、その創作の本意を知ってしまった時、私は幻滅してしまうだろうし、仮に本意を聞かされなかったとしても、創作からにじみ出る、何気ない「これウケ狙ってるだろうな」のような思想を私は作品から感じ取ることになるだろう。そうなってしまえば、それを純粋に芸術として鑑賞することはもう楽しめなくなってしまう。

 これらをまとめると、「最初から公開することに目的を置いた創作は、欲望が作品に混ざってしまい、創作活動そのものを不安定にしてしまうものである」ということである。私は、創作する側の人間には創作することそのものに価値を持っていて欲しい。そして、これは時々絵を描く私自身に関してもこれは言えることである。否定的な言い回しになってきてしまったが、私はこれらの目的を持ちながら創作している人の創作自体を否定するつもりはない。ただ、不純なものが混ざりがちではあるし、創作のモチベーションにも関わってきて創作者自身にとって勿体ないのではないか。その目的を変えた方がより素晴らしい作品が出来るのではないか。そういうことを私が勝手に思っているだけなのである。私の個人的な思いではあるが、もしこれを読んだ創作者の誰かに訴えかけるものがあれば、私は嬉しい。

 P.S. ここまでで創作を職業にする人、すなわち「プロ」について語っていないことに私は気付いた。私の考えを補足しておくと、プロの人に対してはここまでの内容はほとんど適用されないと考えて良い。それは、他人に見られるために創作をするということが、結果的に「金銭を稼ぐ」という本来の目標達成に繋がるためである。確かに金銭を稼ぐという欲望も不純なものではあるが、そもそもこういう人たち、すなわちプロは芸術活動を行おうとしているのではなく、単純に職を全うしているだけなのである。つまり、それら創作行為は単純に趣味として行う芸術とは無関係といえる。この以上の文は、全て趣味で芸術活動を行おうとしている者に向けた文であり、その点を理解して頂きたい。