対戦ゲームってマナーで成り立っているんだなという話

 私は昔から対戦ゲームが好きではない。最近ではADVやSTGなどを一人で遊んでいる印象が強いであろう私だが、もちろん昔からそういうゲームを好んで遊んでいた。友達の家で遊ぶスマブラなども嫌いではなかったが、やはり自室で遊ぶドラクエに勝るものはないと思うタイプの私であった。それはオンライン対戦ゲームが登場し、見ず知らずの人とマッチングし一先の勝負をするということが主流になった令和の現在でも変わらない。

 自動マッチングとは優れた技術だ。対戦相手を探す必要がなく、過疎化が進んでいるコンテンツでも盛り上がることができるし、同実力帯の人と対戦できるからモチベーションの維持にも貢献できる。しかし、現実問題、20年近く前のゲームでは自動マッチングなどは存在していないことがほとんどである。そういうゲームではどうするかというと、年一のオフ大会に参加するとか、週1くらいでしか見つからない配信者の対戦募集に凸するとか、外部からは見えないskypeやdiscordのサーバーで交流するとか、そういう手段で対戦を行う。名前を用いた交流を通じて対戦を行うわけである。さながら友達の家で遊ぶスマブラである。

 対戦ゲームがあまり好きではない私であるが、それにも当然理由がある。それは、勝ち負けに固執するとゲーム体験そのものを楽しめなくなるからである。友達同士でエンジョイ勢として遊んでいる中、いきなりコンボがどうとか今のは下手だとかこうした方が勝てるとかそんなことばっか言ってたら遊んでいる側は冷めるだろう。これはプレイしている当人にも言えることである。勝ち負けに固執するということはプレイシーンすべてを勝利のために費やすということである。そうすれば勝率度外視の楽しむためのふざけた選択肢は取れなくなる。勝つのが楽しいとそういう人らは言うであろうが、逆に言えば勝てなきゃ楽しくないのである。楽しくなければゲームをやめる可能性も増える。勝ち負けに固執するとは、自分の首を絞める行為にもなる。そういうわけで私は対戦ゲームが好きではない。

 ただ、こんな風に考える人は少数派である。対戦ゲームに勝ち負けを求めた結果、ランクマッチに日々没頭し、負ける度に言い訳や暴言などでメンタル崩壊を防ぐ。それでもランクマッチではプログラムに仕組まれた同実力帯との対戦が行われるから時々訪れる勝利の果実に顔をほころばせ、その成功体験に中毒となってまたランクマッチへ溺れていく。そんな人間のどれだけ多いことか。2022年9月にリリースされたsplatoon3は瞬く間に販売本数1000万本を達成した。11月にリリースされたポケモンSVは両バージョン合わせれば2000万本以上も売り上げている。ポケモンは本編のRPGという部分に重きが置かれている作品ではあるが、当然のようにランクマッチが実装されている。オンラインプレイの一人プレイが前提とされているスプラトゥーンにランクマッチが存在していることは言うまでもない。なんならスプラ3には、バンカラマッチオープン・チャレンジ、Xマッチと3種類ものランクマッチが実装されている。このように、世の対戦ゲームはランクマッチが主流なのである。

 私はランクマッチが嫌いだ。対戦ゲームが嫌いだ。勝ち負けに固執しないゲームが好きだ。だから、対戦ゲームをやるにしても、ランクマッチが存在しないTitanfall2を遊ぶ。閉鎖的コミュニティで東方花映塚や非想天則を遊ぶ。アンレートでvalorantを遊ぶ。サーモンランのためだけにスプラを遊ぶ。もしくは、友達と遊ぶためにゲームを遊ぶ。それだけなのである。だから、大会が嫌いだ。勝ちを望むことを求められるのが嫌いだ。勝てよと言われるのが嫌いだ。

 自動マッチングシステムのないゲームでは、先に述べた通り交流を通じてゲームを遊ぶ。だから、その交流に伴ってマナーが求められる。一先のゲームだってそうだ。一期一会の味方と相手とスポーツマンシップに則って戦う。マナーがなければ勝てないどころか対戦が成立しない。身内同士で悪態をつくだけなら良いだろうが、知り合ったばかりの相手と対戦中に死ねと言ったり、対戦後に愚痴を言うようでは良い対戦が成立できたということはできない。そんなことがある度、私はまた対戦ゲームが嫌いになるし、コミュニティも離れていくこととなる。閉鎖的なコミュニティであるほど新規勢との関わり方は難しくなるが、そこに一般的なマナーのある交流が存在しないのなら、私はそんなゲームをこちらから拒否するだろう。

 そうして、私は非想天則をやめた。もう遊ぶことはないだろう。ゲームそのものは大好きなのに、寂しい限りである。

 もしこの記事を読んだ人の中に天則勢がいて、何か指摘されたとしても私は詳しく答える気はない。なぜならそこはそういう界隈なのだと一番知っているのは既プレイ者であるから。例えそこに良い人が多かろうとも、そういう世界で私は上手くやっていけないということがよくわかってしまった。今の世界は、そんな風に対戦ゲームが流行っている。どの界隈にだって暴言・晒しなんかはある。むしろ、私はそういうのを人より多く見てきた。なんて、物騒な世の中なのだろうか。一人部屋で黙々とゲームをしている人間の方が社交性が高いだなんて、そんな世界がいつしか来るのであろうか。今の私には、わからないままである。